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发信人: gutentag ( Bonjour && deeply in LOVE on the web ), 信区: foreign_lg
标  题: 《天声人語》 08月03日
发信站: 听涛站 (2001年08月07日19:35:36 星期二), 站内信件

【Bonjour && deeply in LOVE on the web】 
发信人: hone (骤雨), 信区: Japanese
标  题: ■《天声人語》 08月03日
发信站: 饮水思源站 (Sun Aug  5 19:57:19 2001), 转信

■《天声人語》 08月03日
 いつも合祀(ごうし)という言葉の前で立ち止まってしまう。靖国神社に合祀され
るとはどういうことなのか。不明な点も多いが、整理すると、こんなことだろうか。
 記名することが重要らしい。合祀が決まった人の名前が霊璽簿(れいじぼ)という
帳面に筆書きされる。その上で秋の例大祭の初日に「魂をお招きし」、霊璽簿を奉安
殿に納める。これが合祀の手続きらしい。霊璽簿という和紙の帳面は2000冊以上
にのぼるという。
 だれを合祀し、だれをしないか。戊辰(ぼしん)戦争の官軍の死者を慰霊するのが
始まりだから、考え方は明快だ。内戦であれば国家側に立った者であり、賊軍は除外
された。従って西南戦争で国家に刃向かった西郷隆盛は合祀されない。対外戦争の場
合は、日本国籍のあることが条件だったろう。
 だれが合祀を決めるか。戦前は陸海軍省だった。戦後は旧厚生省などが事務を引き
継ぎ、戦前の考えに沿う形で神社が決めたという。合祀の基準は必ずしも明快ではな
いが、個人の意思には関係なかった。
 こうした合祀の性格について、日本のよき伝統からはずれているという指摘がある
。「勝者は敗者の屍骸に合掌して立ち去るのが常であった」という武士の流儀を引き
ながら批判したのは宗教学の中村元氏だ(ジュリスト85年11月10日号)。
 「われわれの祖先は、国と国との対立を超え、異なった宗教の間の相克を超えて、
敵味方の冥福(めいふく)を祈ったのである」。「この崇高な、和(やわらぎ)をい
としむ日本の伝統的精神」が、明治のころから失われたのではないか、と。亡き碩学
(せきがく)の言は傾聴に値すると思った。


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                春が来た、春が来た、どこに来た。                               
                山に来た、郷に来た、野にも来た。


※ 来源:·听涛站 tingtao.dhs.org·[FROM: 匿名天使的家] 
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